北野神社
検索
カレンダー
2018年12月
« 6月    
 1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031  
カテゴリー
メタ情報

明るい未来

2010年 11月 14日 Author: 北野神社

今日は天気もよく、日曜ですので七五三のお参りが多い一日でした。

多いといっても、以前も書きましたが最近は少子化の影響で、随分

お参りは少なくなりました。以前ならば今日のような日は交通誘導員

を配置し、お札の書き手も依頼し、お宮もいっぱいいっぱいで御祈願し

ていました。

そういえば、私が通った小学校は気仙沼のマンモス校と言われた学校

でした。一番多い時代は全校で3600人の生徒がいたそうです。私の

ときも1学年300人弱いました。ところが今の一年生は30人ほどです。

全校でも私の時の一学年にも満たない状態です。来年、再来年の就学

児童はさらに減る予想が出ています。子供は未来の宝であり、希望であ

ります。その子供が減ってゆく今の状況は健全な社会とはいえないと思

うのです。表現に語弊がありますが、比較的貧しい国の方が出生率が高

かったりします。少子化に傾く要因は、端的には語れないと思いますが、

日本の社会構造が、子供を育てにくい方向に向いているのは間違いない

のでしょう。フランスでは政策が功をなし、少子化に歯止めがかかったそう

です。なかなか難しい問題ですが、私達のこれから、子供たちのこれから。

様々な意味で、日本の未来が明るい事を祈るのみです。

神社本庁

2010年 11月 11日 Author: 北野神社

11月10日~11日で全国教化会議というものが神社本庁であり、菅原(章)権禰宜が参加してまいりました。

東北はすごく寒くてコートを着用して行ったのですが、神社本庁がある東京はすごく暖かく、コートの出番はあ

りませんでした。無理して着ても良かったのですが、周りが誰も着てないので変なオジサンに思われそうなの

で、大人しくバックにしまいました。

さて、神社本庁っていったい何ということですが、神社は戦前まで、祭政一致の理念の下、「神社は国家の宗祀

なり」という原則に従って、国家管理の下に置かれていました。国のお役所の中に昭和15年まで内務省神社局

という部署があり、その後は神祇院に昇格し、そこで神社管理が行われていました。よく言う「国家神道」とはこの

時代のことを言います。しかし戦後GHQマッカーサーによる神道指令により政教分離が行われる事になり、つまり

神社が国の管理をはなれるということですが、それにつけて神社に対しても冷厳な措置がとられるであろう事を予

想した神社界は、様々な対策を協議、一宗教として生き抜くことを模索し、最終的に神社本庁の名の下に大同団

結をはかる事を決定。神祇院廃止の翌日、昭和21年2月3日に神社本庁は創立されました。

神社本庁の前文には、神社本庁は、神祇の恩徳を奉体して、神社の興隆を図り、斯道の宣揚に努めて、同義を作

興し、もって、人類永遠の福祉に寄与することを目的とするとあります。んーちょっと難しいですね・・・。

ようは私が思うに、伊勢神宮や神社の興隆を図る、神社神道の見地から様々な福祉活動や教化活動の模索と実

施。渉外活動、神主の育成や教育及び任免、などを行うのが神社本庁ではないかと思います。神社本庁は戦前の

国の管理に代わって、全国神社のお役所のような仕事をしています。そして設立当時或いはその後の離脱、加盟

を含め今現在、全国約8万の神社が神社本庁の包括下にあり、その神社に勤める約2万人の神職が本庁から任

命された神職となっています。また各都道府県に地方機関の神社庁が設置され、本庁に準じた活動が行われて

います。

                  

東京代々木にある神社本庁です。近代建築ですが、神社をイメージされ設計されています。

             

神社本庁のすぐお隣にある明治神宮です。朝ちょっと早起きしてお参りしました。とても清清しい境内でした。

11月の奉製作業

2010年 11月 8日 Author: 北野神社

11月は御幣束の奉製作業をしております。当社や当地方の一部の神社さんでは御幣(オヌサ)

と称しています。本来は神様に捧げ奉るものでしたが、しだいに神様の依り代や装飾、祓いの具

としても用いられるようになりました。当地方の各家庭では、お正月の神迎え、神まつりにあたり、

木の台に挟み、3本から7本位と奇数で奉られることが多く、捧げ物としての意味合いが強いと思

われます。

御幣をはじめ、きりこの類の奉製作業は、5月頃から開始されますが、最初は切り方や刻み方がメ

インで、折り方を早くからはじめると、折が強く付いてしまうので、この時期に最終奉製に入ります。

当社では数にして約1万を奉製しますから、朝から夜まで掛けて行っています。加えて神宮大麻や

御神像の頒布準備、その他の「きりこ」の奉製などもあり、今月はなかなか大変な作業です。でも

これも氏子の皆様に例年と同じように神まつりを行っていただき、平穏で安らかな新年を迎え、神様

の恩恵を拝した豊かな一年を送っていただく為と思えば頑張らなくてはなりません。

ところで最近御幣のような物が、ホームセンターで販売されているのを見かけますが、上に申し上げ

た意義からすれば、そのような物はお勧め出来る物ではありません。当社では毎朝祓いをうけた神

主が一つ一つ心をこめて奉製し、更にお祓い、祈願を行った上で氏子皆様にお頒ちしております。

それは何処の神社さんでも同様です。

何をホームセンターなどの歳の市で求め、何を神社で受ければ良いか?判断に迷われることと思い

ます。その際は遠慮なく神社にお尋ねいただけたらと思います。

         

 (直)権禰宜の奉製作業です             我が家の神棚です。奥に御幣が立っています。

今日は立冬

2010年 11月 7日 Author: 北野神社

今日は二十四節気の立冬です。「この頃から冬の気が立って、高山や北国では紅葉も

終わって寒くなる」とあります。今日から2月の節分までが冬となります。

ところが今日はとても暖かい一日です。今日は大安吉日で日曜ですから七五三のお子

さん方や、お宮参りなど参拝の方々が多いです。絶好の参拝日和ではないでしょか。

やっぱり暖かいのは良いですね、と言いつつ、人間っていうのは、寒くなれば暖かいの

が良いと言い、暑くなれば涼しいのが良いと言う、なかなかわがままな生き物だなあと

思ってしまいます。(私なんか特に・・・)

日本には美しい四季があります。そしてその四季が豊穣なる恵みをもたらしてくれてい

ます。あまり不平不満を言わずに、四季の移ろいを素直に感じながら、大いなる自然に

感謝し生きることが出来れば、精神的により豊かな生活を送れるのでしょう。私はまだ

修行が足りないのでそこまでの境地には至っておりませんが、努めて自身を高めてゆき

たいものです。 と言いながらストーブのスイッチに手が・・・。イカンイカン、よし今日はス

トーブを我慢してみよう!!

              

境内の紅葉です。既に紅葉したものや、これから徐々にというものが入り混じっていま

す。個人的には青葉から紅葉に移ってゆく過程のものが美しいと感じています。

  

七五三ののぼりが立ちました。少し前までは11月の休日となると、七五三のお子さん

で、境内が埋め尽くされたものですが、最近はそうでもないのが現状です。少子化が目

に見える瞬間です。

神様のおつきあい

2010年 11月 5日 Author: 北野神社

今日は気仙沼市上羽田に鎮座する羽田神社(尾形公夫宮司)のお祭りです。でも上の写真は

羽田神社の参道ではありません。当社、北野神社の参道です。ん?と思う方もいらっしゃるか

と思いますが、今日だけは当社の参道が羽田神社の参道になります。羽田神社(はたじんじゃ)

は旧暦9月29日が例祭で、神幸祭が行われます。そして以前当社の境内には、羽田神社の

お仮宮という建物がありました。羽田神社は山間に鎮座するお社で、街からは少し時間がかかります。

車の無い時代ではそれこそ大変な参詣だったでしょう。ですから年に一度羽田大神が街に下

りてきて、暫しお仮宮に坐し、普段遠くて参詣に行けない街の方々の拝礼を受けていたのではな

いかと思います。

昔は講中も存在し、多くの講員を有しました。当社の宮司も羽田神社より助勤神職の依頼を受け、

その上でお仮宮の準備と守護を命じられ、装束をつけて奉迎したそうです。

今はお仮宮という建物は無くなりましたが、その伝統は今も生きており、神様には仮説テントで

お休みいただいています。そして、ちょうど当社に着く頃はお昼時間という事で、供奉している方々の

昼食休憩となっています。

羽田神社のご神幸は朝早くから夜まで行われますが、神様も人も、当社で鋭気を養って、午後も

頑張っていただきたいものです。

今日は参道と境内を羽田の神様にお貸しする、さしづめ「神様のおつきあい」と言ったところでしょうか。

    

Page 71 of 75« First...102030...6970717273...Last »