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Archive for 10月, 2012

天神山の軍馬慰霊碑

2012年 10月 24日

              

寒い一日です。各地の山々では初冠雪をみたとのことです。手がかじかむ寒さでしたね。

さて、当社が鎮座する天神山、気仙沼市の新町、古町、福美町、滝の入にかかる小さな

鎮守の森です。表参道から裏参道出口まで10分少々、お参りがてらの御散歩コースには

うってつけかと思います。

              

社殿裏手はこの様な感じです。そこから少し歩みを進めると軍馬慰霊碑があります。昭和

18年4月7日に気仙沼荷馬車同業組合により建立されたものです。今日は社殿裏手天神

山の頂上付近にある軍馬慰霊碑をご紹介してみようと思います。

              

石碑の裏には趣意文が刻まれてあり、この様に記されています。

「大東亜戦争の赫々たる戦果の陰には実に涙ぐましき征馬の奉公あり、其の黙々として

主命を確守し、辛惨苦闘砲火に戦い、遂に名誉の戦死病歿せる其の功勲は、寔に嘆賞

すべきなり。吾人蓄馬と苦楽を共にする者、感慨最も深し幸に、大方の後援を得たるを以

て、軍馬慰霊の碑を建立し永く祭霊の哀情表し、併せて馬車思想普及の記念とす」

国の為に国民のために、地域のために、家族の為に身を捧げてくれた存在、靖国神社や

護国神社に御英霊として祀られる方々だけではなく、それこそ従ずる軍馬に至るまで感謝

と慰霊の誠を先人たちは忘れてはいなかった。日本の戦前戦中の頃を、軍国主義と、まる

で暗黒時代の如く捉えがちな昨今ですが、現代の我々が見失いかけている精神もその時

代にはあるのかもしれません。

趣意文に先人たちの深い想いを感じながら、心静かに慰霊碑に手を合わせました。軍馬

慰霊碑は天神山の奥に、ひっそりと静かにお鎮まりになっています。

今日は霜降

2012年 10月 23日

今日は二十四節気のひとつ、霜降です。祭事歴には「秋の季節は終わりとなり、

早朝など所によっては霜を見るようになる」とあります。立冬は来月7日ですが、

いよいよ本格的な冬がやってきます。最近は残暑が続くこともあって、感覚的に

秋が短いような感じがします。

今日は霜降ですが、低気圧の影響で朝から冷たい雨が降っています。時折突風

も吹いたりして、不安定な一日です。大安吉日ですからお参りの方々もいらっしゃ

いましたが、雨風の日はお参りも皆様も大変です。

明日は今年一番の寒さになるようです。ストーブも登場しました。

 

伊勢神宮から神宮大麻(御札)届きました。気仙沼の各神社さんの分が一度当社に

送られてきます。来月5日に神社庁支部による大麻頒布始祭が斎行され、各神社に

お頒かちされます。

 

八幡様での神楽奉納と冷や汗

2012年 10月 20日

ご無沙汰の天神山日記です。今日20日は午後所用で岩手県紫波町へ、その後古谷

館八幡神社さんの宵宮での神楽奉納に向かいました。

今日は神楽を奉納したのですが、私にとっては冷汗ものの神楽となりました。我々の

継承する本吉太々法印神楽は、法印の末裔であり、尚且つ現在も神主である者のみ

によって継承していると言う点で貴重なものかと存じます。先日YOUTUBEに月山神社

での奉納がUPされており、少々ビックリしました。

さて、その神楽、神楽メンバー夫々に、夫々の持ち役が事実上定着しているのですが、

理想を言えば、夫々の意識昂揚と、その会員が来なければ神楽が出来ないという事の

無いように、オールマイティーにこなせると言うのが理想ではあるわけです。私自身の

持ち役は太鼓と初矢、魔王と言った所かと思います。

今日は、紫波町から直行し、ギリギリ間に合った私に急遽告げられたお役は日本武尊

の悪鬼役。見る者の目を惹きつける、魅力的な諸役でありながら、同時に相当の技術を

要するものであります。普段拝見はしていますが、自らがやろうとした事も無く、練習もし

たことも無い私は顔面蒼白状態・・・。どうしましょう。

神楽の縦社会、先輩の仰せは絶対で断る術も無く、面をつけ、装束をつけ・・・・・・。

こうなると完全に神がかり状態であったわけで、後に日本武尊役のK宮司さんに、殺気だ

った攻撃のような事をいわれ、程程にと注意を頂きました。K宮司さんの手を痛めてしま

ったようです。申し訳ありません。

まあそういう事で、予想もしていなかった諸役がある日突然やってくる、やった事がありま

せん、と言っても神様なんだからそれで良いのだ、と言う神楽本来の理論・・・・。

当神楽、こういった面でも貴重な神楽だと思います。いつ突然諸役が出るか分かりませ

んが、面の裏側で冷や汗をかき、目が泳いでいる様子、その辺もお楽しみいただければ

幸いです。

秋晴れの一日

2012年 10月 13日

秋晴れの大安吉日です。今日は外に出かける御祈願や神社にお参りになる方も多かったようです。

朝晩は肌寒いですが、日中は心地よく気温が上がります。私が10月生まれということも在るのか、

秋は好きな季節です。

10月に入って七五三のお参りが多くなってきました。少子化で以前ほどではもちろんないのですが、

色とりどりの衣装を着た子供たちは、とてもかわいいもので、錦秋を感じさせます。ところで今年の

初七五三は7月だったような・・・?歴史を紐解けば、現在の七五三は「髪置き」「袴着」「帯解き」の

人生儀礼から転化したというのが有力な説で、11月15日は徳川5代将軍、綱吉公が子、徳松君の

それに、その年の最吉祥日を選んだ、それが11月15日だったことから、後世に11月15日が定着

したということです。日本の伝統という点では11月15日にこだわるのもアリですし、そもそもという事

考えれば、日々是良き日というのもアリなのでしょう。でも神社としては一年間千歳飴を準備できない

ので、秋を基本にしていただくと有り難いですが・・・。明日から3日ほど所用で上京します。東京も過

ごしやすいと思います。

      

銀杏の木には実が沢山。銀杏の実は高級品ですが食材にするまでの過程が大変ですね。当社では

あまり手をつけません。臭いが・・・。

羽黒社のお祭り~ご神幸~

2012年 10月 7日

今日は羽黒神社のお祭りです。明け方まで降っていた雨もあがり、お日様が顔を覗かせます。

  

昨年も書いたと思いますが、羽黒神社のお神輿は気仙沼では大きく重いお神輿です。神輿庫

には以前のお神輿があり、更に大きく重さは1トンと言われています。私が神主になる前に、傷

んできたし、重いし、担ぎ手の負担ということを考えて新調したそうですが、今でも担ぎ手の足を

見ていますと、関節がしなやかに動くと言うよりは、明らかにカクンカクンと腰に掛かる動きと言う

のでしょうか?あきらかに重量物を担いでる動きでして、どうせならもう少し小さく軽く作った方が

良かったのでは?と思ってしまいますが、古老のお話を伺うに以前の神輿でも同様に担いだそうで、

もっと少ない人数で担いだ時もあるなど、力自慢の武勇伝をお話されます。神輿は神様のお輿、重

いのが当たり前と思っていらっしゃって、それは現在の担ぎ手の方々にも継承されていて、前後8名、

3~4組の交代で約10キロの行程をほぼ担ぎ通します。40箇所近くのお神酒所に着き、ご祈願

出発と座る間もない神主も大変ですが、担ぎ手の方々や威儀物を奉持し供奉する総代さんを思え

ば泣き言も言っていられませんね。

                 

道中に掲げられた幟です。日付を見ると昭和47年10月10日、40年前のお祭りに奉納されたようで

す。実はこの日は小職の誕生日であったりします。のぼり旗もそれなりの年月を感じさせて、私自身も

40年、神様に見守られながら、日本に、地域に生かしていただき、また多くの方々に支えられ、助けら

れ歳を重ねてきたなと感謝する今年のご神幸でありました。

ちなみに羽黒社のお祭りが誕生日の私は、小さい頃から所謂ケーキなどを頬張りながら誕生日を祝う

という経験をしたことはありません。幼少のみぎり、宮司に苦言を呈した時がありましたが、お祭りで皆が

お祝いしてくれているから良いじゃないかと説得され、子供心に釈然としない思いも・・・。

時は流れ、休日法で10日が体育の日ではなくなり、お祭りも近くの休日に変更になった現在、結局所謂

ケーキなどはお目にかかることなどは無く・・・。まあ40歳ですから良しとしましょう。

弟に子供が生まれる予定です。予定日が10月10日だとか。我が菅原家が累代御仕えする羽黒社のご縁

日、不思議なものです。安産を願っています。