4泊5日、神道政治連盟主催の皇室尊厳護持に関する研修会と皇居勤労奉仕から先ほ

ど帰ってきました。奉仕中は写真撮影がだめでしたので写真は撮れなく残念でしたが、

初めての非常に良い経験でありました。皇居や赤坂御所の清掃奉仕を行い、期間中、

畏くも天皇皇后両陛下、東宮御所では皇太子殿下からご会釈を賜りました。日程の都

合上、先に皇居に於いて両陛下からご会釈を頂戴しましたが、御車がお着きになり、先

に皇后様が御車をお降りになられると、天皇陛下のお出ましに、すぐ傍らで候されまし

た。その御姿を見ましたら急に空気が変わり、思わず頭を垂れる自分がいました。緊張

感を伴いながらも、何か温かみのある空気だったと感じています。天皇陛下は各団体長

にご下問になり、ことさら、この冬の豪雪で被害や生活に支障が出ていないかということ

をご心配なされていらっしゃいました。本当にわが国、民は陛下の深い祈りの下、守ら

れ生活しているのだと思いましたし、天皇をいただく日本の国柄を誇りに感じた瞬間でし

た。

さて、皇居勤労奉仕の歴史を宮内庁の方から教えていただきました。戦後甚大な被害

を受けた皇居復興の一助にならんと、40名ほどの青年有志が皇居坂下門に訪れたそう

です。申し出を受けた木下侍従長が快くそれを許可し皇居の復興に尽力したそうです。

彼らは地元からお米や味噌などを持参し、皇居に泊り込み奉仕したそうです。その事を

陛下にお伝えしましたら、昭和天皇は彼らに会おう御申し出になったそうです。彼らはま

さか陛下にお会いできるとは思わず、感慨ひとしおであったでしょう。それが皇居勤労奉

仕の始まりです。そして、その青年団はなんと我が宮城県の青年団でした。その事を宮

内庁の方はみんなの前で何度もお話しになりました。宮城県は私一人でしたが、宮城

の先人たちをとても誇りに思いました。

皇居ではほぼ一年中勤労奉仕を受け付けており、多くの団体が勤労奉仕に訪れていま

す。我々の期間中も、青森県の青年神職会、広島県の青年神職会、秋田県の農協関

係2団体、石川県の農協関係1団体が奉仕していました。なかでも東北の奉仕団体が

多かったと言うのは、宮城県が勤労奉仕の始まりと言うことから考えれば、良いことだと

思う一方、もちろん宮城県でも一般奉仕団体は沢山在るとは思うのですが、宮城の神職

界や、青年神職会に、そういった機運が些か足りないと言うのは、全国の青年神職会な

どが継続的に行っているだけに、奉仕団の歴史が歴史なだけに、少々残念に思いまし

た。

両陛下はご公務などがない限り、勤労奉仕団へのご会釈は非常に大事に考えておられ

るそうで、お休みになられたことはないそうです。今回も、お体の調子を見ておられる折

にも拘らずお出ましいただき、感無量です。宮内庁の方は、皇后様は雨の日も風の日も

雪の日も、必ず御車の窓を開けられ手をお振りになりますから、皆さんも手を振ってお送

りくださいと言われましたが、私は在り難さに、ただ頭を垂れることしか出来ませんでし

た。 とにかくとても良い思い出になりました。皇居奉仕団は15名以上で受付している

ので気軽に御申し込み下さいとの事。是非皆さんも機会があれば・・・。